日本自由書道連盟の社中展に向けて外苑前教室でも作品制作が始まったある日、生徒さんの一人が悲しそうに自分の固形墨を見せてくれました。

 な、なんと、バッラバラ。

 こんな墨を今まで見たこともありません。
 普通に生活している部屋で保存していたのだそうですが、特に引き出しにしまったりはしていなかったのだそうです。


 墨の保存は一般的に温度湿度の変化が少ないところが良いと言われています。固形墨を固めている膠は、墨が新品の状態でおよそ20%ほどの水分を含んでいます。膠は18度以下になるとゲル化して水分を放出し、逆に20度以上になると水分を取り込みます。また、膠は水分の中では加水分解を起こし高分子から低分子へと徐々に変化して行くのだそうです。なんだか難しいですね。

 加水分解というと、ウレタン樹脂でできた靴のソールを思い出してしまいます。20代の頃、少しお高い海外製の靴を購入し、そのソールがウレタン樹脂でできていたのです。高かったので大切にしようと靴箱にしまって普段ばきにしないようにしていたのですが、ある日今日はあれを履いて行こうと靴箱から出したところ、そのウレタンのソールが手で持っただけでボロボロと崩れてしまったのです。
 調べてみると加水分解によるもので、日本のように多湿な気候の場合、毎日のように履いてあげればソールに圧力がかかって水分がたまらないために長持ちするのだそうです。
 そのような経験からバラバラの墨を見たとき、「これは加水分解に違いない!」と思ったのでした。

 ところが、膠は加水分解したとしても低分子に変化するということで、直接バラバラの状態の原因ではなさそうです。
 ただ、やはり墨の保存には温度湿度の変化が少ないところが良いわけで、そうでないと墨がひび割れることもあると言われています。

 私は、墨を木製の机の引き出しに入れてしまっています。また、ほとんどの墨は桐箱入りのものを購入するので、保存もその箱を使っています。ところがある日、すり終わった墨についた水分をよく拭かずに墨床の上に置きっぱなしにしてしまいました。自然に乾燥するしいいだろうと思っていたのですが、何日かほっておいたら濡れていたところがボロボロと剥がれるようにひび割れてしまいました。
 それ以来、墨はすったら必ず書きすて半紙などで水分をしっかりとり、書き終わったら引き出しにしまうようにしています。

 しかし、全てがバラバラになってしまった墨など見たことがありませんでした。
 買って3年目。普段は墨液を使っているので、社中展の作品を書くとき以外は使っていません。それでも、半分くらいは使ったようです。

 もう、どうやっても使えないだろうなと諦めていたのですが、別の生徒さんが墨用の接着剤を貸してくれました。ほう、これは私も初めてです。製品名は「スミノセイ」。
 3Dジグソーパズルのようになったバラバラの墨を一つずつ組み合わせて、スミノセイで貼り合わせてゆきます。
 なんとバッラバラだった墨が、見事にくっつきました。


 くっついた墨は、硯ですってもビクともせずしっかりとついているようです。すごいな、スミノセイ。

 ちなみに、単純に割れてしまった墨や、小さくなってしまった同じ種類の墨同士をこれで接着して使うこともできるようです。
 また、墨の接着には普通にすった墨を接着面につけてくっつけるという方法もあるそうです。