筆が割れた状態
初心者によくある、筆が割れた状態。
 「筆が割れる」。おそらくお習字を始めて、特に初期の段階、あるいはある程度上達してからも、頻繁に遭遇する悩みのひとつではないでしょうか。もし、「筆が割れるなんてことに出会ったことがないよ。」という方がいたら会ってみたい、というほど誰でも経験することだと思うのです。

 ところが、「筆が割れる」で検索してみると、どこのサイトでも「筆をよく洗っていない」「筆の根本に墨が溜まっている」ことが原因で筆が割れるのだと書かれているのです。外苑前教室では、一番最初に筆の洗い方を説明していますし、特に根本に墨を残してはいけないことについて、十分な説明をしています。それでも、「書いているうちに、筆が割れるのですが、どうしたらいいでしょう?」と質問を受けます。かくいう私も、初心者の頃はよくこのことで悩み、師匠である父にも同じ質問をしていたものです。

 ちゃんと洗って綺麗な筆が、なぜ書いているうちに割れてしまうのか。この答えは、どこのウェブサイトにも載っていないようなので、私の経験則ですが、解決方法について考えてみたいと思います。

1.筆が割れる原因

 繰り返しになりますが、いろいろなウェブサイトで、「筆をよく洗っていないのが、筆が割れる原因だ。」と言っています。私もそう思います。
 そもそも新品の状態の筆では、筆に筆圧を加えると毛の1本1本が均等に広がるように作られているはずです。ところが、筆の根本の方は、墨が溜まりやすく、使用後の筆をよく洗わずに乾燥してしまうと、溜まったままの墨が固まってしまうのです。その時、筆がふたつに割れるような状態で固まってしまうと、使用する時に筆先が割れてしまうのでしょう。

 すると、よく洗った筆でも使用中に同じような状態になると、書いている時に筆が割れてしまうのではないか?というのが私の説です。つまり、書いている途中で根元がふたつに開きやすい方向に固まってしまうと、筆が割れるのだろうということです。

 実際には、使用中に筆の根本が乾燥して固まるようなことは考えにくいので、根本の方が乾燥してきて墨がネバネバの状態になると、そのような状態になるのではないかと考えます。ですから、そのような状態にならないようにすれば筆は割れないということになります。

2.筆がネバネバになるのはどんな時?

 書道では、墨量はとても大切です。どんな作品を書くかによって、筆に含ませる墨量も変わります。常にたっぷりと根元まで墨を含ませて作品を書くような場合は、筆の根元は墨つぎのときに水分を十分に含ませられますので、ネバネバの状態にはなりにくいでしょう。そうではなくて、鋒先に必要量の墨を含ませて書くような場合、根元が乾燥してくる可能性が考えられます。

 さばき筆を使用して、鋒先だけに墨を継ぐ書き方をする時には、最初に根元までしっかり墨を含ませた後、硯の縁で余分な墨をこすり落としてから、かき捨て半紙などでさらに余分な墨を拭き取ります。そうして鋒先を研ぎ上げた後、必要量の墨を含ませて書き始めます。

 しかし、墨量が適切で、墨つぎも必要量だけならば、筆の根本の方は使用しながら徐々に乾いていきますが、最初に筆を整えた時に均一に筆の毛束が整えられていれば、筆がふたつに割れるような開き方にはならずに、適度な筆のコシを作るはずです。

 けれど、初心者の方に時々見かけるのは、必要以上に墨継をして筆の根元近くが不必要にひたひたと濡れる状態になっていることです。しかも初心者の時は不必要な筆圧や、素直な運筆ができていないために、筆がふたつに割れるような押し付け方をすることが多いのです。また、墨継の量も多い時、少ない時があったり一定ではありません。そんな状態で書き続けていると、筆の根本の方に乾燥しかかって濃墨状態の墨が出来上がり、ネバネバと粘度を持って来て、さらに書き癖からできた筆の割れを作り出してしまうと考えられます。
 適切な墨量で、不必要な墨継をしないように心がけることが、ネバネバの根元を作らないことにつながります。

3.筆の整え方にも問題がある


鋒先の整え方
鋒先を整える時は落潮のところを使いましょう
 硯で、墨をするところのことを「おか」と言います。墨をためるところは「うみ」です。わかりやすいですね。漢字で書くと「陸(おか)」あるいは「丘(おか)」そして「海(うみ)」です。わかりやすいですね。

 では、陸から海にかけてなだらかに下っているところはなんというでしょうか?「波止(はと)」あるいは「落潮(らくちょう)」と言います。

鋒先を整える、悪いやり方
丘のところまで墨をべったりつけるのは、
硯にも筆にもよくありません。
 筆に墨を継いで、鋒先を整えたりする時、ちょうどこの「落潮」のあたりに鋒先を擦りつけます。ところが、初心者の方の鋒先の整え方をみていると、丘のところまでべったりと使っているのをよく見ます。そうすると、硯の落潮から丘にかけて墨がついて、それがどんどん乾燥して来て、ネバネバと濃度の高い墨が溜まって来てしまっています。
 墨継が頻繁で、必要以上に墨をつぎ、それを硯の丘全面に擦りつけていると、硯も筆の腹もどんどんネバネバになっていくのです。このような悪循環が、筆の割れにつながっていることは間違いありません。

 硯の丘がネバネバの墨で覆われるのは、硯にとってもよくないことです。丘は墨をするところですから、鋒鋩が目詰まりしてしまう原因にもなります。鋒先を整えるのは、丘を使わずに、落潮部分を使うようにしたいものです。

4.筆が割れないために

 このようなことが重なり筆が割れ始めると、なかなか綺麗な筆線を出すことが難しくなってしまいます。一番良いのは、いったん筆を洗うことです。ネバついてしまった筆をもう一度綺麗な状態にして、あらためて墨を含ませれば割れは直ります。けれど、硯の方がネバネバしてしまっては、再び筆が割れてくるのも時間の問題です。そのような状態の時は、硯も洗ってあげたほうが良いでしょう。
 そのように道具を整えたら、筆の割れの原因となる使い方をしないように習慣づけてゆきましょう。

・墨量は適切ですか?
・不必要な墨継をしていませんか?
・筆が割れるほど、不必要な筆圧になっていませんか?
・鋒先を整える時、硯の丘まで使っていませんか?

 初心者の頃に、このようなことに注意して、習慣にしていれば、早い段階で筆が割れるという事態を避けることができるはずです。


筆は根元までしっかり洗いましょう

筆の洗い方。使い終わった筆は、しっかり洗いましょう。特に筆の根本に角がたまった状態で乾燥してしまうのはよくありません。丁寧に洗いましょう。