割れてしまった鉄斎翁書画宝墨
割れた墨
 品質の高い墨は決して割れることはない、というのは迷信のようです。以前、ある和墨メーカーのサイトで「粗悪品でなければ墨は割れない」という内容を読んだことがあったので、私もずっとそうだと思っていたのですが、その後さまざまな本やサイトを見ていくうちに、「それでも墨は割れることがる」というのが実際のところだと考えるようになりました。

 1.割れた墨の修復方法

 割れてしまった墨をくっつけるには、私の知る限り3種類の方法があります。ちなみに割れた墨だけでなく、小さくなった墨同士をくっつけて、無駄なく使う場合にも可能な方法です。

a.市販の墨用接着剤を使う

 「スミノセイ」という商品です。手軽で便利で実用性があります。以前使用してそのすごさに驚きました。

b.墨用の膠を接着剤として使う

 おそらくこの方法が墨の補修には最良だと思われます。墨は煤と膠と香料からできていますので、その膠を使うのが最も自然です。そもそも膠は接着剤ですから。

c.濃いめにすった墨を接着剤として使用する

 墨用の膠を一般人が入手するのは困難ですから、手軽で自然な方法は、墨を使うことです。墨に含まれる膠が接着剤となりますので、膠で修復するのと同じような効果が得られるわけです。

割れた墨の断面
割れた断面

2.実際に割れた墨をくっつけてみよう

 先日入手した古めの唐墨が、割れた状態でした。比較的キレイに割れているので、この程度ならくっつけてしまえばいいと考えて購入したのです。写真がその唐墨で、曹素功の「鉄斎翁書画宝墨」です。おそらく1970年代後半に製造されたものと思います。


かなり濃いめにすります
かなり濃いめにすります
 さて、割れた断面ですが、破片と合わせるとぴったりと適合します。接着剤(墨)をつけない状態で合わせてみて、くっつけるときの状態を確認しておきます。
 次に、接着剤となる墨をすります。使用する墨は、くっつける墨と同じもの、つまりくっつける墨そのものを使用するのが一番良いのです。けれど、それはそれでやりにくいですし、割れているとはいえ未使用のものをわざわざ接着剤にするのはもったいなですね。なので、同じ銘柄の墨を持ってる場合は、それを接着剤に使用するのが良いでしょう。
断面に墨を塗ります。
断面に墨を塗ります
 接着剤用の墨はできるだけ新しいものが良いです。というのも、墨は古くなればなるほど膠の加水分解が進み、膠が弱くなるからです。そこで数年前に買って、普段使いしている「鉄斎翁書画宝墨」を使うことにしました。

 墨量はほんの少しで良いのですから、硯面に少しだけ水を垂らし、できるだけ濃墨に墨をすります。ドロドロする感じまで極めて濃くすります。そして、その濃墨をさらにしばらく放置して、水分が幾分蒸発するのを待って濃縮させます。
輪ゴムで固定します。
輪ゴムで固定
 そしたら小筆を使って割れの断面両側にたっぷりと塗ってゆきます。断面両側に塗った後もちょっと置いてから、慎重にズレのないように断面を合わせます。ぴったり合っているのを確認したら、1〜2分手でしっかりと押さえておきます。場合によっては、隙間からはみ出す場合もありますので、後ほどうまく拭き取ってください。
 1〜2分でもうくっついてしまいますので、そのあとは少し押さえつけるような形で挟んでおくといいでしょう。今回は上下2箇所割れていたので、2箇所を貼り付けたら輪ゴムで固定しました。
 この状態で、丸1日も乾燥させればビクともしなくなります。ちなみに乾燥は室内ならOKですが、墨に風が直接かからないように、和紙をふんわりかけておくと良いでしょう。

3.墨の保管方法

 墨は湿気が大敵です。また気温の変化もよくありません。一年中、温度と湿度の変化が少ないところが保管に適しています。最もその条件に合うのは土蔵だと言われます。美術品、あるいはお宝の一つとして墨を保存するには土蔵が一番良いのでしょう。
 ですが、作品作りの実用品として墨を所有する場合は、土蔵にしまうというわけにいきません。そもそも私のような一般人は土蔵すらありません(笑)。
 とにかく、湿気が大敵で気温の変化も少ない方が良いということですので、私の場合は引き出しの中に入れてしまっています。これまでの経験や参考にした本やサイトの情報から、墨の保管に良い方法を以下に書いてみたいと思います。

a.ビニールは捨ててしまって和紙で巻く

 最近は箱の中にビニール袋に入れられた状態で墨が売られています。転売目的なら、買った状態のまま取っておけば良いでしょうが、自分で使用するものでしたら、ビニールから出して、和紙で包み直して箱に入れると良いと思います。墨の多くは紙の箱か桐の箱に入っています。桐箱は湿度を一定に保ちますのでOK、また、紙の箱でも墨自体の保護のためと、一目で何の墨かわかるためにも箱は買ってきたままの箱を使用しています。
 ちなみに私は、新品の墨を購入したら、箱の片隅に購入年月を書き留めておくようにしています。

b.引き出しにしまっておく

 前述した通り、できるだけ温度・湿度の変化の少ないところということで、引き出しにしまうことをお勧めします。机の引き出しでもタンスの引き出しでもいいでしょう。
 引き出しに墨用のスペースがとれない場合は、箱に入れておくのも良いと思います。その場合、最も良いのは桐箱です。桐箱に入った高級お菓子などをいただく機会があったら、ぜひ箱を取っておいてください。

c.大前提、使った墨は水気をしっかり拭いておく

 墨をすったあと、水分をしっかりと書き捨て半紙などで拭き取ってください。水気が残ったまま、箱に入れたり引き出しに入れてしまっては、せっかくの保管場所が意味をなしません。すり終わったら、しっかりと水気を拭き取り、しばらくの間墨床においておいて、しっかりと乾燥させてから和紙で包んで購入した時の箱に戻し、引き出しなり桐箱なりに入れて保管するようにします。