澄泥硯
澄泥硯
 古くから「泥を澄ませて焼成された硯」という伝説のあった澄泥硯ですが、清の乾隆帝が愛した硯としても有名です。
 澄泥硯の硯石は蘇州霊巌山から採れる自然石で、付近の土産物屋さんでもたくさんの澄泥硯が売られていて、聞くと近くの山でとれるのだと言っていたそうです。

 それでもなお、泥を澄ませて焼成するのだと言って売られている「汾河澄泥硯」という硯があります。書道用具店でも自社の動画で「焼成して作られた硯だ」と言っています。

 同様に、アマゾンでも詳細にその作り方が掲載されています。

 ここまで公に焼き物だと言って販売されていて、まさか偽りのはずはないのですがあまりにも不思議です。
 私は「汾河澄泥硯」を持っていないのですが、「澄泥硯」は所有しています。私の所有する「澄泥硯」を見る限り、焼き物のようには思えません。


1.製造過程の不思議

 前述のアマゾンの記述によると「汾河支流の泥土」が原料でそこには「二酸化ケイ素を60%以上含む」そうです。二酸化ケイ素は石英になる成分で、硯の鋒鋩になる物質です。
 その泥土を数か月かけてろ過してゆき、乾燥させるとレンガのように固くなるのだそうです。そのレンガ状の泥土を硯職人が硯に作った後、窯に入れ低温から徐々に温度を上げておよそ1000度まで高温にして数日から1週間も火入れするのだそうです。

 しかし、その火入れで硯ができるというのはなかなか納得できません。
 1000度程度の焼き物はいわゆる「土器」で、十分な硬さの焼き物ではありません。「陶器」と呼ばれる焼き物でも1200度程度で焼かれます。また、土器も陶器も吸水性があるので、硯の素材としては不向きです。

 さらに高温で焼かれる「磁器」になると、水は吸わなくなりかなりの硬度を持ちます。およそ1350度以上で焼かれ、その状態で二酸化ケイ素はガラス化が進み磁器が硬く焼きあがるのです。しかしそれでは二酸化ケイ素は鋒鋩になりえません。


2.見た目によらず、実はきめ細かい

 澄泥硯の見た目は、端渓や歙州に比べるとザラっとした印象で、一見「荒い」印象です。ところがそのすり心地は気持ちよく、唐墨をするするとよくおろします。
 和硯の雨畑や龍渓の硯石に比べ、端渓のほうが触れた感じが硬く感じられます。それよりもさらに歙州の硯石の方が緻密で硬いさわり心地がします。その緻密な感じと比べると澄泥硯のさわり心地は、緻密さを感じず荒い印象がするのです。
 そういう意味で、これが1000度でじっくり焼かれたろ過された泥土だといわれると、そんな気もしてきそうです。

 けれど澄泥硯は硬い唐墨をよくおろし、漆黒の墨汁を作ってくれます。特に古い唐墨は、日本の水ではなかなかすぐにすれなくて、すってもすってもグレーの墨色にしかならないのですが、澄泥硯ですると早くに黒い墨色を得ることができます。乾隆帝がこよなく愛した硯というのもうなずけます。


3.表面の被膜の謎

 澄泥硯は7色と呼ばれるほどいろんな色があるのですが、オーソドックスな色は黄色でしょう。黄土色といったほうが良いかもしれません。
焦げ茶色の皮膜部分と地色
焦げ茶色の皮膜部分と地色
 購入したばかりの新品の澄泥硯は、全面焦げ茶色をしているのですが、硯面の目立てをするために丘にペーパーをかけ、砥石で整えると黄土色の地肌が現れてきます。
 つまり、澄泥硯の表面は焦げ茶色をした膜状の部分でおおわれていることになります。

 この被膜は何なのでしょうか??
 澄泥硯が本当に焼き物で、1000度で焼かれることによって表面に焦げ茶色の層ができるのでしょうか。あるいは、焼き物ではなく自然石が材料なのだけれど、仕上げ段階で窯に入れて焼き上げ、自然石の表面に焼けた層ができるのか??

 いつか澄泥硯の産地に行って、その製造過程を見学してみたいものです。