初めて購入した「澄泥硯」
 書道を始めたばかりの頃は、お恥ずかしながら道具についての知識が全くありませんでした。そして、師匠である父からは「筆にしても紙にしても何か道具が必要になったら必ず相談するように。」と言われました。

 ところが、1年もするとやはりいろんな道具が欲しくなってしまって、ついに自分で勝手に硯を一面買ってしまったものです。おそらく5〜6,000円くらいだったと思うのですが、硯の種類も何も知らずに購入したのが左の写真です。どんな硯なのか店員に聞くこともせずに、大きさと形の良さとお財布事情だけで買ったものですが、それが澄泥硯でした。幸い、その硯はよく使い今も所有していますが、どんな墨で何を書きたいのかも考えずに購入したことは後から後悔したものでした。師匠が「必ず相談するように」と言った理由を思い知ったのです。

1.4大名硯のひとつ「澄泥硯」

 唐硯の四大名硯と呼ばれるものがあります。ところが、その4つというのにいくつか説があるようで、「四大名硯」と検索してみるといくつかの分類を見つけることができ、
端渓硯、歙州硯、洮河緑石硯、紅糸硯 とするもの
端渓硯、歙州硯、魯硯、澄泥硯 とするもの
端渓硯、歙州硯、洮河緑石硯、澄泥硯 とするもの
などがあります。
これらのうち、洮河緑石硯と紅糸硯は宋代に原石が枯渇したと言われています。逆に澄泥硯は唐代にはまだ発見されておらず、宋代に出現したものです。なので端渓硯、歙州硯、澄泥硯を三大硯と呼ぶこともあるようです。

2.泥を固めて焼いて作った硯?

 「澄泥硯」を巡っては、泥を固めて焼いて作った硯であるという伝説があります。蘇易簡の「文房四譜」や米芾の「硯史」などにその製法が記されているそうですが、その通りに再現することはできないそうです。そのため、「澄泥硯」は泥を固めて焼いた硯であると近年まで信じられてきて、今でもまことしやかに語られる場合があります。
 しかし、その原石は蘇州霊巌山から採れる自然石で、地元では天然石であることは知られたことで、土産物屋でたくさん売られているそうです。

3.澄泥硯の石質

 見た目の印象も触ってみた感じも、端渓硯や歙州硯に比べると「目が荒い」感じがします。硯面の目立てをしてもなんとなく「荒い」感じがし、確かにまるで焼き物のようです。中国でも日本でも陶硯というものが使われてきましたが、宋代以前は墨も松煙ばかりでした。ところが実際に墨をすってみると、硬い唐墨をするするといとも簡単におろします。初対面の印象として松煙墨に向いているのかなと思ったのですが、かなり硬い唐墨、それも数十年前のがちがちに硬い唐墨に向いているようです。逆に和墨には合わないかもしれません。
 澄泥硯は様々な色があるのも特徴です。よく見かけるものは黄色、紅色などですが、他にも緑、紫、青、白、朱などもあります。