端渓老抗硯
 先日、端渓老抗の硯を購入しました。実は、生まれて初めての老抗硯です。
 私は漢字作品もかな作品も書きますし、短冊などの小さな作品から半切までの様々な大きさの作品も書きますので、それぞれに見合ったいくつかの硯を所有しています。

 例えば、かな作品の場合、青墨か茶墨かで硯を使い分けますし、半切にかな作品を書くためには大き目の硯が必要ですから、大きめの硯も青墨用と茶墨用の硯を分けています。
 また、唐墨と和墨も随分と違いがありますので、それによっても硯を使い分けています。




1.唐墨と和墨はかなり違う

 墨は煤と膠、それに香料を混ぜ合わせて練り上げ、木型に入れて固められた後、じっくりと乾燥させて完成します。現在の唐墨は、煤100に対して膠が100〜120ほどの割合で、これは清の時代の製法に基づいているそうです。また、膠は粘度が低く分子量の少ない弱い膠です。
 それに対し、和墨は煤100に対し膠60で明代の製法の流れをくんているということです。また、使われる膠は粘度の高い強い膠を使用します。

父から譲り受けた唐墨
 この製法の差は、中国と日本の水の違いとそれぞれの文化の違いによるものだという説明がよくされます。中国の水は硬水、それも日本とはケタ違いの硬水なのです。ですから中国でうっかり生水を飲んでしまうと、お腹を壊す日本人も多いことでしょう。日本でも稀に井戸水などで高度の高いものがありますが、それよりも中国の水の方が硬水だということです。
 硬水ではものはあまりよく溶けません。なので、膠が強いと墨が良くおりないのです。そこで、唐墨では弱い膠で量を多く使います。膠が弱いため固まりにくくなりますから、量を多くするのです。逆に日本の水は軟水で加水分解が進みやすい、溶けやすい水なので、強い膠でも大丈夫です。そして強い膠なので量を少なくすることができます。



和墨を練っているところ

2.墨色の違いと硬さの違い

 唐墨は膠の割合が多いため、濃墨におろしても完全に真っ黒にはなりません。少し灰色味がかった黒とでもいいましょうか、淡い墨色です。また、膠が多いために画仙紙に染み込みやすく、滲みが出やすい性質があると言われています。
 逆に和墨では、煤の量が多いためはっきりとした黒色になります。
 中国では淡い色が好まれ、日本では白黒はっきりした墨色が好まれるということもあるということです。

 固形墨における膠は、「固形墨を固める」「墨液となった時、煤の粒子を包み込んで沈殿しないように保持する」「紙と煤を接着する」と言った作用をします。
 膠の弱い唐墨では、墨を固めるためにハンマーでガンガンと叩いて練り上げ、木型に入れる時もテコを使って全体重をかけ、カチカチに固めます。
 和墨では、職人が手で練り上げで固める時も唐墨のようにカチカチには固めません。なので、墨の硬さには大きな差があります。唐墨と和墨は触った感触でもその硬さの違いを感じ取れる程です。

唐墨をハンマーで練っているところ

3.和硯と唐硯

 中国の硯は、有名な端渓を始め、歙州硯や澄泥硯などあります。日本の硯では、雄勝硯、赤間硯、雨畑硯などが著名で、他にも数多くの産地があります。
 中国、日本どちらにしても産地によって特徴があり、石質は様々なのですが、乱暴にざっくりと分類するならやはり唐硯は石質が緻密で硬く、和硯の方が柔らかめの石質のように感じます。
 ですからカチカチの唐墨を和硯でするのは無謀とも言えます。逆に和墨を唐硯でするのは何の問題もないのですが、私の個人的な好みでいうと和墨をするのには和硯がよく合うように思うのです。
 唐墨には唐硯、和墨には和硯が適しているというのが私の私見です。

4.老抗の凄さ!

 冒頭に書きましたように、私も何面か唐墨用に端渓の硯を持っているのですが、麻子坑の円硯と小さめの楕円硯、それにどちらの坑かわからないものも一面所有しています。
 普段買っている唐墨をするにはとてもよく、気に入っているのですが父から30年近く前に買ったような古い墨をもらったり、自分で古めの唐墨を買ってきてこれらの硯ですろうとすると、なかなか時間がかかったり、焦って力を入れてしまって硯面を傷つけてしまったこともありました。

 かねてから老抗はそのような枯れた墨もスルスルとまるで蝋が溶けてゆくようにすれるのだと聞いていたので、ぜひ購入したいものだと思っていたのです。
 果たしてそのすり味は…
 とても素晴らしいものでした。
 中古の硯を購入したので、1000番、1500番、2000番の耐水ペーパーで硯面を整えた後クリームクレンザー・ジフを古歯ブラシでぐるぐると丁寧に研ぎ上げるととても良いすり心地となりました。