曹素功「紫玉光」
 民代末期の1615年に安徽省歙県で創業した曹素功は、汪近聖、汪節庵、胡開文とならんで「清代四大製墨名家」と呼ばれた現代まで続く唐墨の名家です。

 民末の著名な墨士、呉叔大の技を引き継いだといわれていますが、その曹素功が初期に作り出した代表作の一つが「紫玉光」です。

1.墨は七色に光る

 墨で書かれたものは、なんでも真っ黒だと思われがちですが、書にしても墨絵にしても黒の中に濃淡があることがわかります。同じ墨を使っても、そのように濃淡の表現ができるのですが、銘柄の違う墨ではその色は全く違うものになります。

 墨色は大雑把に分けると、青墨と茶墨に分けられます。松煙の煤から作られたものは青みがかった黒色となり、淡墨で書くとさらにその青さがわかります。また、菜種油や胡麻油などを燃やした油煙の煤から作られたものは、茶色がかった黒色となり、こちらも薄墨で書くとその茶色さがよくわかります。
 さらに、同じ青墨や茶墨でも当然入っている原料によって墨色は微妙に違うわけです。よく「墨は七色に光る」といわれますが、それほど墨色とは多彩なものなのですね。

2.極上の墨色は「紫」

少し古い六角形の「紫玉光」
 宋代に晁貫之という人がいて「墨経」という書物を著したそうです。それによると「墨色は紫光が上、青光が二番目、白光が下」と書かれているそうです。

 墨をすっていくと、徐々に硯上の墨色が濃くなってゆき、表面に光沢が現れてきます。よい墨は、それが紫色に光沢を放つというのです。紫まで行かなくても青く光るものはその次に上質で、よくないものは白色に光るのだそうです。

 以前NHKの「美の壺」という番組で「文房四宝」が取り上げられたとき、質の高い墨とそうではない墨をそれぞれすって、アクリル板の上に塗ってみる実験ををしていました。質の高い墨は光沢を放つ黒色となり、質の悪いものは光を乱反射して濁って白みがかってしまっていました。

3.曹素功の看板商品「紫玉光」

 「紫光」が墨色の第一のものとすると、「紫玉光」は商品名にそれを冠しているのですが、曹素功がその創業期から看板商品とされている墨です。
 清代、康熙帝が直々に賜った賞賛の言葉がその商品名となっているそうです。

 創業期に作られた「紫玉光」は、最上級の油煙、膠を使用して、金箔や真珠の粉を配合し、天然香料、漢方薬などが使われているそうです。
紫玉光は「油煙104」
 現在売られている紫玉光が同様に金や真珠が使われているかはわかりませんが、墨の上部には「油煙104」と入れられています。
 「油煙104」は以前には「頂煙」とされていたものが、文革期に代わってつけられるようになったものです。同じように曹素功の有名な墨「鉄斎翁書画宝墨」「大好山水」などは「油煙101」と記されています。これも文革期以前は「五石漆煙」と呼ばれていたものです。

 「五石漆煙」も「頂煙」純油煙で作られている高級墨には変わりなく、「五石漆煙」は桐油に生漆を混ぜたものから煤を取っているそうです。また、じゃ香や金箔がの配合量も違うということです。
 現在ではジャコウジカは保護動物ですから、配合されているはずもなく、香料や漢方薬も古いものとは違ってきているだろうと想像できます。

少し古い四角形をした紫玉光
 また、墨を成型する木型も現在のものは違っているようで、古い紫玉光では六角形だったり、さらに以前は四角や円柱形を2本くっつけたような形状のものもありましたが、現在販売されているものは、楕円形の断面をしています。

 実際に現在の紫玉光をすってみると、他の唐墨と比べて香りが良いように思います。配合されている香料や漢方薬に大きな違いがあるのでしょう。また、濃墨にすると深い黒色になり、紫色というのもうなずける良い色をしています。古墨と呼ばれる紫玉光を使ったことはありませんが、古いものだともっと良かったのかなぁ、などと想像してしまいます。

 一般には油煙101より104の方が等級が低いと解釈されています。なので、紫玉光は「鉄斎翁書画宝墨」などよりも安い値段で売られています。しかし、深く光沢のある墨色はとても魅力的で、香りもよいのでコストパフォーマンス的にはよいんじゃないかと思ってしまいます。


日本でも人気の鉄斎翁書画宝墨は、文化大革命以前は頭に「五石漆煙」と入っていました。これが文革期に「油煙101」に変更されたことは、唐墨の知識のある方ならご存じだと思います。文化大革命は書画の世界に多大な影響を及ぼしました。墨も古くからある老舗が解体され、公営化されたのです。
日本でも人気の中国製墨メーカー「曹素功」は、「鉄斎翁書画宝墨」や「大好山水」などのメーカーです。上海墨廠の名前でも知られている曹素功の歴史を紹介します。